本カテゴリー「論文紹介」では管理者の独断と偏見と気まぐれで選んだ論文を解説します.
論文は図表の貼り付けや結果の細かな紹介はできませんが、最小限の結果(abstractで公開されている範囲)を引用する形で紹介していきます。また、図表もそのまま貼り付けることはせず、オリジナルのイメージ図に替えて掲載致します.
主旨としては管理者自らの疫学・統計学・臨床医学上の個人的解釈とし、Stataのコード紹介なども行っていきます.内容の詳細がご覧になりたい場合にはぜひ本文を正式に入手してください.
なお、内容の是非に踏み込んだコメントも致しますが、本ブログは情報提供だけを目的としたもので、医学的アドバイス(診断、治療、予防)の代わりになるものではありません。また診療目的でのアドバイスやご質問も受け付けておりませんので宜しくお願いいたします.
さて、今日ご紹介する論文は、GFR低下率がサロゲートとして有効であるかを検証した論文を読み解いていきます.
Morgan E. Grams et al. Evaluating Glomerular Filtration Rate Slope as a Surrogate End Point for ESKD in Clinical Trials: An Individual Participant Meta-Analysis of Observational Data. JASN 30: 1746–1755, 2019.
CKDの疾患概念が提唱されてから20年弱経ちます(2002年)が、腎臓病への新規薬剤の開発は遅れに遅れています.透析人口は頭打ちになりつつありますが、高齢者の透析導入が増え続けており、何とかしなければなりません.そんな腎臓病に対する新薬開発の助けになるかもしれない、そんな報告がCKD prognosis consortiumから出されました.今回はこの論文を読み込んでみましょう.
1.要旨
14の異なるCKDコホートの18歳以上の参加者のデータを用いたメタ解析結果.eGFR slopeの計算はmixed effect modelを用いて計算したほうがOLSよりも分布が狭く、予後予測に優れていた.
2.研究デザイン
1.研究デザイン概要
- 1, 2, 3年のベースライン期間を持ち、長期のアウトカム(ESKDとall-cause mortality)についての情報をもつコホートが参加.
- ベースライン期間のSlopeは少なくとも異なる時点2点のeGFRが測定されているものを使用。異なる2点の定義は1, 2, 3 年±33%と定義。
2.eGFR slopeの推定方法
- eGFRの推定にはCKD-EPI式を使用。
- eGFR slopeは、線形混合モデル(unstructured variance-covariance matrix)で、ランダム切片、ランダムスロープを用いて推定した
- 比較のために各個人においてleast squares linear regression を用いてslopeを求めた (least squares slope)
- 2年間で求めたslopeを主要な曝露因子とした
ここで、Slopeの推定方法をもう少し詳しくみていきます.
As a primary exposure, we used linear mixed models with an unstructured variance-covariance matrix, random intercept, and random slope for each individual to estimate slope (mixed model slope).12Models took the form eGFRi(t)=b0+b0i+(b1+b1i)3t+ei, where t is time; b0 and b1 are the fixed intercept and slope, respectively; and b0i and b1i are the random intercept and slope, respectively.
原文ママ
eGFR slopeは線形混合モデルを使って推定するとしています.このモデルはマルチレベル解析方法の一つで、集団効果を規定します.特に個人の複数の時点におけるeGFR測定値を、その個人というグループの中で検討し、なおかつ全体やグループ間の関係も反映させることができるので近年ではeGFR slopeの推定方法としては一般的なものとなりつつあります.
当然「線形」の名の通り、直線的にeGFRが落ちていくことを仮定しています.直線的に落ちるばかりでないことは臨床での経験があればすぐにわかると思いますが、そこは安定したCKD患者だけを対象としていることを前提にしているので、無視することができる、というロジックです.
また項を改めて線形混合モデルについては説明したいと思いますが、Stataでは、
mixed eGFR visit || id:visit, covariance(unstructured)
というような感じでモデルを走らせて、固定効果とランダム効果を取り出して計算します.
モデル式は、
eGFRi(t)=b0+b0i+(b1+b1i)×t+ei
(t = time; b0 and b1 =fixed intercept and slope; b0i and b1i = random intercept and slope)
となります.
Visitの単位が月であれば最終的にこの結果を12倍すると年間変化率になります.
著者たちはStata 14.2を使ったそうですので、きっと同じプログラムを使ったのでしょうか…
さて、カウンターパートとして、least squares linear regressionで傾きをそれぞれの個人において計算したとしています.もっとも簡単な方法ですが、以下の点が問題です.
- 測定回数が少ないと正確な推定ができないかもしれない
- 外れ値の影響を受けやすい
- 他の対象者のデータは全く考慮されない
3.その他の統計処理
- 主要エンドポイントは末期腎不全(ESKD)、副次エンドポイントは全死亡とした.
- 共変量は age, sex, race (black or nonblack), baseline eGFR, systolic BP, diabetes mellitus status, history of cardiovascular disease, smoking status, and total cholesterol—> slopeの推定に使ったGFRのうち最初の測定時点からさかのぼって1年以内の情報を使用。
- 多変量モデル:Cox modelsを用いた。各個人の eGFR 推定slope 値を横軸に、年間低下率0 ml/min per 1.73m2 でknotを置いた線形スプラインをあてはめた
- メタ解析を行う際に、Within-cohort coefficients for each spline component of eGFR slope were combined using random effects
- Heterogeneity はforest plotで視覚的に表現し、I-squareで定量化した
- 感度分析はeGFR測定回数を5回以上のみに絞って解析、3回だけ使わないでslopeを推定
- Slopeが0.75変化する(緩やかになる)とどの程度イベントのリスクが低下するか
- 死亡を競合リスクとしたとき、slopeが0.75変化する(緩やかになる)と、アルブミン尿の程度(10、30、100)に応じてどのようにリスクが変化するかを個人レベルと集団レベルにおいてシミュレーションした。この時共変量も蛋白尿も変化しないとき、と仮定。
3.結果
まず、予想どおり、混合モデルで推定したslopeのほうがslopeの分布自体が小さく、また1変化したときのハザード比の変化も大きなものでした.
Mixed effect modelで推定したslopeにおいて、年間の傾きが0.75改善することの影響がどの程度だったかを検証すると、ESKDのリスクが30%低下した、というものでした.
アルブミン尿のレベルに応じて最大10年までのシミュレーションを行っていましたが、アルブミン尿が100㎎/g出ていると年間5ml/min/1.73m2低下し、30㎎/gだと3、10㎎/gだと1と仮定、ベースラインのeGFR が75ml/min/1.73m2の人がどうなるかというのを試算していました.
以上の結果から、eGFR slopeがサロゲートエンドポイントとして使えるよ、として結論付けています.
まとめと考察
腎臓病領域ではこれまで、末期腎不全など、非常にアウトカムが生じるまでに時間がかかる指標しかなかったため研究がなかなか進みませんでした.そこで代用エンドポイント(サロゲート)の考え方が導入され、真剣に検討されるようになりました.
サロゲートとしての条件は、
(i)代替変数と臨床的結果の関連に生物学的合理性が認められること, (ii)代替変数が臨床的結果の予後を予測するうえで有益であると疫学研究によって示されていること, そして(iii)臨床試験の代替変数に対する効果が臨床的効果に対応していること
日・米・EU 三極医薬品規制調和国際会議. 臨床試験のための統計的原則. 1998.
とされています.
今回の結果を踏まえると、2~3年のデータあればよいことになります.この間に年間で0.75のeGFR slopeの改善を証明できればよいことになり、新薬開発が加速するかもしれません.
一方で、このslopeは直線的に落ちていくことを仮定しているのですが、末期腎不全になると推算式の構造上どうしても傾きが寝てきます.また、末期腎不全になると異化の亢進や低栄養などにより筋肉量が減り、結果としてeGFRが高めに出てしまう可能性もあります.
また、AKIの影響も考慮に入れることができませんので、あまりギリギリの人たちを対象にするには向かないでしょう.むしろギリギリの人たちは従来通り、ESKDや全死亡をアウトカムに設定すればよいと思われます.(その時期の人たちにはなかなか薬が効きにくいというのもありますが)
今回の報告が日本人にもあてはめられるのかどうか、というところをしっかりと検証する必要があります.新薬の開発には開発者だけでなく、サロゲートを提案できるような研究も重要だということがわかります.開発後に行われる承認試験だけでなく、こういった部分にも臨床研究というのは役立ちます.自分自身も臨床研究に携わりつつ、微力ながら日本の臨床研究をもっともっと活発化させるような活動もしていきたいと思っています.
コメント
これって、Acute effectがある介入を検討するときはどうしたらよいのでしょう?
小尾先生、いつもながらに鋭いご指摘ありがとうございます。Trajectoryをそもそもアウトカムにするのはいかがなものか、という意見もありますよね。米国での透析導入の決して少なくない割合でAKIを契機に導入になると聞いたことがあります。そういった状況を考えると、acute effectを考慮できないようなサロゲートが本当にuniversalに役に立つのか?という疑問が生じると思います。
実際、アメリカでもSlopeに対してはたくさんのパターンが存在しうる、としている研究者もいますね。(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3312980/pdf/nihms347260.pdf)
今後はどういう原疾患に、あるいはどんな時期のCKD患者においてlinearに回帰したslopeが役に立つのか、もう少し精緻なデータ解析を必要とするのではないでしょうか。
[…] さて、以前の記事で、eGFRの年間低下速度について説明しましたが、実際にどうやるのか、というところにまで踏み込んでいませんでした. […]