Legacy効果について

論文紹介

本カテゴリー「論文紹介」では管理者の独断と偏見と気まぐれで選んだ論文を解説します.

論文は図表の貼り付けや結果の細かな紹介はできませんが、最小限の結果(abstractで公開されている範囲)を引用する形で紹介していきます。また、図表もそのまま貼り付けることはせず、オリジナルのイメージ図に替えて掲載致します.

主旨としては管理者自らの疫学・統計学・臨床医学上の個人的解釈とし、Stataのコード紹介なども行っていきます.内容の詳細がご覧になりたい場合にはぜひ本文を正式に入手してください.

なお、内容の是非に踏み込んだコメントも致しますが、本ブログは情報提供だけを目的としたもので、医学的アドバイス(診断、治療、予防)の代わりになるものではありません。また診療目的でのアドバイスやご質問も受け付けておりませんので宜しくお願いいたします.

さて、本日は、血糖コントロールに関するLegacy effectについて、疫学研究上のデザインから切ってみてみたいと思います.(初めにことわっておきますが、糖尿病は専門外ですので、頓珍漢なことを申し上げているかもしれません…。)

1.Legacy effectとは? ー 過去研究のOverview ー

糖尿病治療において、初期に厳格な血糖管理を行うことで、ずっとあとになってその効果が発揮されることを指します.日本語では「遺産効果」などという呼び方もあるようです.

生物学的機序はいろいろ説明されているようなのですが、これを疫学的な観点からもうちょっと詳しくみてみたいと思います.

まず、このlegacy effectですが、最初に提唱されたのは、UKPDS 80 Study(Holman RR, et al. 10-year follow-up of intensive glucose control in type 2 diabetes. N Engl J Med 2008; 359: 1577-1589.)です.

Benefits persisted despite the early loss of within-trial differences in glycated hemoglobin levels between the intensive-therapy group and the conventional-therapy group — a so-called legacy effect.

N Engl J Med 2008; 359: 1577-1589.

当初のトライアル直後に血糖管理の差がなくなっても、細小血管障害や心筋梗塞の発症や糖尿病関連死や全死亡が有意に減少していたというものです.

オリジナルのUKPDS 研究の登録期間は1977~1991年で、1997年9月30日にUKPDS研究自体は終了しています.post-trial monitoring試験としてはそこからさらに10年追いかけて2007年9月30日終了となっています.今から20年以上も前に終わった研究ですので、当時の治療法と現在の治療法は随分異なります.(SU-インスリンでの強化療法群と従来療法群の比較となっています)

ACCORD試験ADVANCE試験といったメガスタディで厳格な血糖コントロールのネガティブ面がクローズアップされてきていた中での結果であり、初期の糖尿病治療はやはり重要だったと再確認されました。

同様の研究はすでに1型糖尿病を対象に長期追跡したDCCT研究後のThe Diabetes Control and Complications Trial/Epidemiology of Diabetes Interventions and Complications (DCCT/EDIC) Studyでもすでに示されていました.(もとのDCCT研究は、6.5年の強化療法による血糖コントロールの影響が試験終了6年後の頸動脈内膜-中膜壁肥厚(IMT)の増加度を抑制するという成績でしたが,その後さらに5年にわたる観察により,心血管イベントそのものをも抑制するということが証明されたというもの)

アメリカのVA hospitalグループの研究では、オリジナルのVADT Studyのあとに10年後15年後まで観察した結果を報告しています.こちらも初期に介入をして、長期成績は観察研究で、というものでした.

VA hospital, すなわち在郷軍人病院ですが、退役軍人のコホート故に男性が多い集団です.また、もともとのVADT Studyでも平均年齢60歳ということで、15年も追跡したら75歳になってしまいます.

実際、15年後の研究においてはこのLegacy effectは認められなかったのでした.

そもそもこうした長期観察をする研究がどうして生まれたのかといえば、VADT、ADVANCE、ACCORDなど、最初から血糖コントロールが悪い人達を対象とした強化療法のStudyが、実は強化療法悪い面を強調してしまった、というところが来ていたようです.

Del Prato.  Diabetologia (2009) 52:1219–1226を参考に管理人自ら作図

ここにあるような高血糖の悪しき遺産が強化療法の初期段階のメリットを打ち消してしまうかもしれない、ということでしょうか.

しかしこれらの発見は同時に、血糖コントロールのメリットを享受するには随分と長いことかかることを示唆したことになります.

2.観察研究によるLegacy effectの証明への試み

さて、これまでのところ、いずれもNew England of Journal of Medicineに掲載されるほど注目を集める研究なわけですが、いずれも介入研究がスタート地点にあります.観察研究ではどうでしょうか.

観察研究では、The Diabetes & Aging Studyという研究がよく知られています.

Kaiserグループというアメリカの医療グループのデータを用いた後向き研究です.1997~2003年に診断され,生存期間≧10年の2型糖尿病患者34,737例を対象としています.診断時年齢は平均で56.8歳でした.この研究は、13年ほどの観察期間があるのですが、特徴的なのが下の図のように曝露期間と観察期間にグラデーションをつけるように分けている点です.

7種類の期間(0~1年,0~2年,0~3年,0~4年,0~5年,0~6年,0~7年)にHbA1cを<6.5%,6.5~<7.0%,7.0~<8.0%,8.0~<9.0%,≧9.0%のカテゴリに分けて観察.

将来の進行細小血管障害(末期腎疾患,糖尿病眼症,下肢切断)および大血管障害(脳卒中,心疾患,心不全,血管疾患)の発症および死亡との関連を評価しています.

診断時年齢,性別,人種/民族,診断年,心血管リスク因子,上記期間以降のHbA1c,併発疾患で調整を行っています.

ここで、診断後すぐのHbA1cを使わないことによって治療前のA1cの影響を除いた解析になっている点は留意すべきことでしょう.

結果としては、0-1年目のHbA1c≧6.5%が、6.5%未満群に比して細小血管障害および大血管障害のリスクが上昇し、≧7.0%では死亡リスクが上昇することが示されました.また、HbA1c≧8.0%の期間が長くなると,細小血管障害および死亡リスクが上昇することも示されました.

つまり、最初の1年の軽度なA1c上昇であっても無視できないことが示されたことになります.

3.我が国のデータ

日本から出ている報告では、同じく観察研究ですが、Legacy effectに関して、過去の血糖コントロールが時間が経過するにつれてどのように変化していくのかをみています.

The relationships between HbA1c levels according to different time periods and the risk of each endpoint were analyzed using multivariate Cox regression models.

HbA1c was analyzed as a baseline and a time-dependent covariate using the last observation carried forward (LOCF) and moving mean approaches. The 1-year period preceding each event or censoring was defined as a time window.

The moving mean HbA1c values of each patient during the time windows were used in Cox regression analysis as a covariate, and the hazard ratio (HR) was calculated. The analysis was repeated 22 times by moving the time window (from 1 to 22 years preceding the event or censoring) and the HRs were plotted.

moving mean approach というのをはじめて聞いたのですが、Wikipediaによると、

In statistics, a moving average (rolling average or running average) is a calculation to analyze data points by creating a series of averages of different subsets of the full data set.

Wikipedia “moving average”

n個のデータポイントの平均を取ることのようです.これでHbA1cを一定期間のサマリー値に「丸める」作業をすることで、以後の解析を単純化することができるということのようです.

これは単純化することができる一方で、データを捨ててしまっていることにもなるので善し悪しですかね.まあ結論が大きく変わることはないのでしょうが.

これ以外には残念ながら目星い研究を見つけることができませんでした.裏を返せばまだまだこの分野で戦えるのではないか、ということにもなる、かもしれません.

できれば後ろ向きの研究でできたらいいんでしょうけど、やはりそれなりに難しさを抱えていることは容易に想像できます.

4.Legacy effectを疫学的に示すときの問題点

これまでに示してきた介入研究を出発点にする観察研究にしても純粋な観察研究にしても、利点と欠点があるわけです.それを整理してみることにしましょう.

1.VADTのextension studiesの問題点

一言で言ってしまえば、VAコホートの選択バイアスでしょうか.高齢男性が中心ですので、代表性に問題があります.

そして、10年、15年とextendすれば当然寿命を迎える人も多くなりますので、差が縮まってきて当然でしょう.事実、カプランマイヤーが4~10年くらいではいい感じに開いているのに最後は閉じてしまっています.

アウトカムとして定義されているのは、

  • Primary outcome: first major cardiovascular event (composite of nonfatal myocardial infarction, nonfatal stroke, new or worsening congestive heart failure, amputation for ischemic gangrene, or death from cardiovas-cular causes)
  • Secondary outcomes:death from cardiovascular causes, death from any cause, any major diabetes outcome (primary composite outcome plus end-stage renal disease or nontraumatic amputation), and health-related quality of life.

ですので、death from any causeのところでDM関連死以外の死亡も含まれてしまいます.CVD死亡については競合リスク解析をしてもよかったのかもしれません.

2.Diabetes & Aging Studyの問題点

1997~2003年に診断され,生存期間≧10年の2型糖尿病患者34,737例を対象としていますが、結局診断当初のHbA1cでは必ずしもなく、とにかく遡れるだけ遡ってそこから追跡しているだけです.

つまり、ベースラインよりも前の”bad glycemic legacy”についてはまったく情報がありません.

1年の追跡期間を設定していてもその人の罹病期間はもっとずっと過去からあった可能性があります.

論文中で記載されているlimitationとしては、

  • イベントに関しては電子カルテからの情報であり、adjudicateされたものではなく、誤分類の可能性があります.
  • アスピリンやbehavior、死因に関する情報がないこと
  • HbA1cのみであって処方薬の影響がわからないこと

3. 時間依存性に変化するHbA1cのハザード比を表現する方法(提案)

例えばユーザーコマンドの1つである、stphcoxrcsコマンドを使ってみるのも1つの解決策かな~何て思ったりしました.

これは以前の記事で紹介したので詳しい解説は割愛しますが、たいていの曝露因子は時間と共にその効果が落ちていくものだと思います.その効果がいつまで続くのか、というのを表現するのに使えるのではないかと思います.

まとめ

さて、今回は自分が門外漢であるにもかかわらず糖尿病のレガシー効果について、疫学的な切り口から攻めてみました.

長い時間をかけることでしかわからないようなアウトカムに関してはやはり観察研究もきっちり良質なエビデンスを提供してくれることがわかりますし、逆にその限界点をしっかり理解することが大事ですね.

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