GLP-1受容体作動薬vsDPP-4阻害薬(リアルワールドデータ解析)

論文紹介

本カテゴリー「論文紹介」では管理者の独断と偏見と気まぐれで選んだ論文を解説します.

論文は図表の貼り付けや結果の細かな紹介はできませんが、最小限の結果(abstractで公開されている範囲)を引用する形で紹介していきます。また、図表もそのまま貼り付けることはせず、オリジナルのイメージ図に替えて掲載致します.

主旨としては管理者自らの疫学・統計学・臨床医学上の個人的解釈とし、Stataのコード紹介なども行っていきます.内容の詳細がご覧になりたい場合にはぜひ本文を正式に入手してください.

なお、内容の是非に踏み込んだコメントも致しますが、本ブログは情報提供だけを目的としたもので、医学的アドバイス(診断、治療、予防)の代わりになるものではありません.本ブログの内容はあくまで個人の見解に基づいたものであり、所属組織とは関係ありません.また診療目的でのアドバイスやご質問も受け付けておりませんので宜しくお願いいたします.

さて、今日ご紹介する論文は、先月のKidney internationalの中にあった論文で、リアルワールドデータを使って、2型糖尿病患者におけるGLP-1受容体作動薬とDPP-4阻害薬の、腎および心血管アウトカムとの関連を調べたものです.フリーで読めます.

では早速内容を確認してみましょう.

1.研究の背景

2型糖尿病患者における、腎・心血管疾患の合併症を減らすために、GLP-1受容体作動薬とDPP-4阻害薬のどちらが有利なのか、ということを目的として研究が行われました.

イントロ部分の最終段落に研究の目的がありますネ.

In the absence of trial evidence, rigorously conducted observational studies can contribute valuable evidence on the effectiveness of medications in broad unselected patient groups. The aim of our study was to compare kidney and cardiovascular outcomes in individuals initiating GLP1-RA versus dipeptidyl peptidase-4 inhibitors (DPP4is) among individuals from routine clinical practice.

KI 2022; 101: 360-368

そもそもなんでGLP-1受容体作動薬?

それは第2段落にあるように、これまでにGLP-1受容体作動薬が心血管病ハイリスクな集団を中心とした2型糖尿病患者において、主要な心血管イベントの抑制効果が示されてきました.

しかし腎アウトカムに対する効果についてはエビデンスが確立していませんでした.PrimaryというよりはSecondary outcomeとして評価されてきたことが多く、しかしながらその中でも有望であることは示されていました.

しかし、こうした研究の多くが、顕性アルブミン尿を減じたことがメインで、それよりももっと切実なアウトカムであるeGFR 40%減少やCr二倍化といった事象については有意な改善効果を示せていませんでした.

2.論文の構成

この論文におけるmethodsの構成は以下の通りです.

  1. Data source
  2. Study population
  3. Exposure and covariates
  4. Outcomes
  5. Statistical analysis
  6. Subgroup and sensitivity analysis

1.Data source

この研究では、ストックホルム・クレアチニン測定プロジェクトという事業で得られたデータを研究に用いたと書かれています.

2006年から2019年にスウェーデンのストックホルム地域に在住していた成人が対象です.

行ったことはないのですが、スウェーデンのストックホルムは、230万の人口を擁する北欧随一の都市で、Universal health care を敷いています.

人口動態情報、医療サービス利用状況、診断、生存有無といった基本情報の他、採血データ、Swedish pharmaciesの処方データ、腎代替療法に関する情報がすべて紐づいているという素敵なデータベースです.この時点で日本は逆立ちしても勝ち目なしですね….

総務省の国勢調査、国保・各種健保からレセプト、すべての病院から採血データ、透析医学会が持つ透析導入に関するデータをすべて紐づけられるようにすれば達成できますが…

ほとんど追跡できているよ、と豪語していますが、本当にそうなのでしょう.誠にうらやましい限り.

2.Study population

この研究では、New user designという方式を採用しています.これは、一定期間のlookback periodを設けて、その間に処方がない人において、新たに目当てとしている処方が開始されたことを以て新規薬剤開始者と定義するわけです.Lookback periodについては以前の記事でも紹介しています.

We used an active comparator new user design to mitigate the risk of confounding by indication and time-related biases (i.e., immortal time bias and prevalent user selection bias).

適応交絡、時間関連バイアスを減じる目的

このあたりが詳しく掲載されている論文を読んでいただくと理解が進むかもしれません.この論文が引用されていましたが、今回の筆頭著者が共著にはいっていましたので、この道の専門家なのでしょう.

時間関連バイアスについてだけ、少しだけ簡単に説明します.

ここでは2つのバイアスが紹介されています.Prevalent user biasとImmortal time biasです.

研究開始時点で治療が行われていれば治療群、行われていなければ未治療群となります.

フォロー開始時点では未治療だったのが、その後に治療開始された場合に、曝露因子の誤分類が生じます.また、研究開始までの間に治療をはじめたのに早期に死亡してしまった人あるいは早期にイベントを発症して脱落した人なんかも除かれてしまいます.

治療介入が始まるまでの間は生存していることが確定している

こちらのバイアスは、治療を開始するまでの間、生存していた、あるいはイベントを起こさずに生存していた、ということが確約された状態になっています.

こういったバイアスを排除することができるという点で、薬剤の効果や害を推定するために行われるリアルワールドデータを用いた研究ではNew user designが好まれるのです.

次に問題になるのが、どんな対照群を持ってくるか、という問題です.糖尿病がない人を対照にもってきても、GLP-1受容体作動薬が開始される可能性がなければ適切な対照群とは言えないでしょう.

そこで、「DPP4阻害薬を新たに始めた人」を対照に持ってきました、としています.

厳密にいえば、これらの薬剤は使い分けがなされているわけで、ベースラインのリスクが違うんじゃないか、という疑問は残るわけですが、これまで数多の研究で同様の対照を置いているので良しとしましょう.

そこで、18歳以上の地域住民で新たにGLP-1受容体作動薬もしくはDPP-4阻害薬を、2008年1月1日から2018年12月31日までに開始した人を対象として研究を行うことにしました.

前年にこれらの薬剤が処方されていないことを以て、new userと定義するとしています.

New initiation was defined as a first dispensation for GLP1-RAs or DPP4is, with no dispensation of either drug in the previous year.

つまり、Lookback periodを1年と設定しているということですね.

eGFR 15ml/min/1.73 m2未満、腎代替療法開始、クレアチニン未測定の場合は除外となっています.

3.Exposure and covariates

曝露因子としては以下のように定義しています.

GLP1-RAs (liraglutide, dulaglutide, semaglutide, exenatide, and lixisenatide)

DPP4is (sitagliptin, linagliptin, saxagliptin, and vildagliptin)

これらの開始日をindex dateとし、ここに最も近い採血データやmedical recordを抽出してきています.

また、その他の共変量について、どのようなコードが使用されたかなどの詳細はSupplememtary Table 1に詳細が掲載されています.

色々な薬剤についてはその前年に一回でも処方があれば投薬アリ、としているようですね.

詳しいデザインダイアグラムはSupplementary Figure 1に描かれています.

4.Outcomes

アウトカムの定義はSupplememtary Table 2にまとめられていましたが、

OutcomeTypeDefinition
腎複合
イベント
incident持続的な血清クレアチニンの二倍化*
腎不全:維持透析開始、腎移植、または持続的な eGFR <15 mL/min/1.73m2 ‡
腎臓病による死亡: ICD10 codes N17-N19  
MACEincident心血管死亡: ICD10 codes G45-G46, H341 or I
非致死的心筋梗塞: ICD10 codes I21, I22, I23
非致死的脳卒中: ICD10 codes H341, G45, G46, I60, I61, I63, I64

For each individual a linear regression line was fitted through all his longitudinal outpatient creatinine measurements. To be considered a sustained doubling of creatinine the linear regression slope needed to be positive, and the doubling creatinine threshold needed to be crossed before the last measurement. The time to event was defined as the moment the linear regression line crossed the doubling creatinine threshold.

各個人について、外来でのクレアチニン測定値を縦断して線形回帰線を当てはめた。クレアチニンの持続的な倍加とみなすには、線形回帰の傾きが正である必要があり、クレアチニン倍加の閾値を最後の測定の前に越える必要があった。イベント発生までの時間は、線形回帰線がクレアチニン倍加の閾値を横切った瞬間と定義された。

持続的なCr上昇やeGFR <15ということを示すために、線形回帰式(OLS, ordinary least square)を当てはめて確認しましたよ、ということです.一時的な変化を以てとらえたのではないですよ、ということですね.

5.Statistical analysis

GLP-1受容体作動薬とDPP-4阻害薬の処方を受ける確率を求めて逆数をかける、Propensity scoreによる逆確率重みづけを採用しています.いくつかポイントとなる記載を箇条書きしておきます.

  • PS逆確率重みづけによる効果の推定:The inverse probability of treatment weighting was used to adjust for confounding by indication. We estimated the probability of initiating GLP1-RAs versus DPP4is as a function of all study covariates mentioned previously. Patients in the GLP1-RA group were weighted by 1/propensity score and in the DPP4i group by 1 / (1 − propensity score)
  • 重みづけカプランマイヤーで累積発症率を比較:Weighted Kaplan-Meier curves were plotted to compare the cumulative incidences of the kidney and cardiovascular outcomes between treatment arms. Confidence intervals for the cumulative incidence curves were obtained by robust variance estimation.
  • Intention-to-treat原則をプライマリの解析とした:In our primary analysis, individuals were analyzed according to their initially assigned treatment group irrespective of discontinuation or treatment switch (intention-to-treat approach)
  • 多重補完の方法:We therefore used multiple imputation by chained equations by classification and regression trees to impute 5 complete data sets for each outcome separately. The imputation model included the treatment variable, all covariates, the event indicator for the outcome, and the Nelson-Aalen estimate of the baseline and each month’s cumulative hazard. The propensity score and effect estimates were estimated separately in each imputed data set and then pooled using Rubin’s rule

多重補完については5セットのデータセットをそれぞれのアウトカムに対して作成しています.治療の種類、共変量のほか、アウトカムの変数としてNelson-Aalenの推定値を投入しています.最後にPSと推定された効果をそれぞれのデータセットで計算して最後にRubinのルールによって統合したとしています.

6.Subgroup and sensitivity analysis

この研究では、主解析ではITT原則で行われていますが、Per-protocolでの解析も追加しています.

Treatment discontinuationは意味のある打ち切りだからです.

治療が途中で打ち切られる場合、最終処方+処方日数に加えてGrace periodとして60日をプラスしたところまでをフォローする、としています.

Grace period?

前回の処方がなくなってから次の処方までの期間をギャップ(gap)と呼び、最後の処方が終了したと想定される日から薬の影響がなくなるまでの期間を猶予期間(grace period)と呼ぶことが多い。

佐藤俊哉、山口拓洋、石黒智恵子著.これからの薬剤疫学ーリアルワールドデータからエビデンスを創るー.朝倉書店. P. 74

一般的に7~180日と様々なようです.これを設定する明確なルールはありませんが、処方実態調査に基づく処方日数の分布や、専門家の意見を聴きながら薬剤の半減期などから設定するようです.

感度分析でいくつか設定するのが望ましいとされています.

さらに、本研究では、未測定交絡の影響を推定するためにE valueという指標を算出していました.

E value?

ものすごく簡単に言うと、未測定交絡の影響がどの程度あると今回の有意だった効果が打ち消されるかを数値的に表現したものです.しかしこれはもうちょっと別の機会できちんと説明をしたほうがよさそうですね.ということで後日まとめてみたいと思います.

3.結果

この論文は方法論をじっくり読むところに価値があると思います.結果はお察しの通り、複合腎イベントに対しても、MACEに対しても、GLP-1受容体作動薬を使用した患者さんでリスクが低下していました.

MACEの内訳をみると、MIに関してはリスクの低下効果が少ないようで、逆にStrokeではハザード比が最も低くなっていました.

今回の研究では、未測定交絡の影響を推定するためにE valueが用いられていました.E valueがいくつ以上あったらどうだ、みたいな明確な指標はありませんが、本文中では筆者らは「大きなE valueを示していたから未測定交絡の影響は少ないよね」と論じていました.

E valueみたいな指標を計算することがこれからどんどん求められるようになるのでしょうか???

今後のRWD研究をもう少しキャッチアップしていきたいと思います.

今回参考にした本です.薬剤疫学について、読みやすいですが、内容はかなり充実しています.一読をお勧めします.

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