Lookback periodの設定について

疫学

本カテゴリー「論文紹介」では管理者の独断と偏見と気まぐれで選んだ論文を解説します.

論文は図表の貼り付けや結果の細かな紹介はできませんが、最小限の結果(abstractで公開されている範囲)を引用する形で紹介していきます。また、図表もそのまま貼り付けることはせず、オリジナルのイメージ図に替えて掲載致します.

主旨としては管理者自らの疫学・統計学・臨床医学上の個人的解釈とし、Stataのコード紹介なども行っていきます.内容の詳細がご覧になりたい場合にはぜひ本文を正式に入手してください.

なお、内容の是非に踏み込んだコメントも致しますが、本ブログは情報提供だけを目的としたもので、医学的アドバイス(診断、治療、予防)の代わりになるものではありません。また診療目的でのアドバイスやご質問も受け付けておりませんので宜しくお願いいたします.

管理者自身が最近リアルワールドデータの解析をはじめたので、関連する論文について書き留めておこうと思います.

今回のテーマは、”Look-back period”についてです.

レセプトのデータを解析するような場合に、アウトカムとして何かの疾患の発生率を求める研究を目にすることがあると思います.

疾患の発症率を計算するためには「新規発症症例(incident case)」と「既存症例(prevalent case)」を区別する必要があります.

ある時点である病名Aがレセプトに登録されて、その後、一定の期間をおいて再び病名Aが登録されるような場合には、「新規発症」ではありませんね.

同様に、新規に薬剤を使用することがある疾患の発症とみなすようなケースにおいても同様のことが言えるでしょう.StromのTextbook of Pharmacoepidemiologyの訳本(南山堂、川上浩司監修)によれば、

定義された期間に先行する同じ薬剤の調剤がないことで、はじめての薬剤の調剤を特定し、経験的に新規使用者を同定する。このウォッシュアウト期間はすべての患者で同一であり、一般的に6か月間である。感度分析ではこの間隔を9か月や12か月に延長することもある。

第21章「薬剤疫学研究における交絡をコントロールするための高度なアプローチ」

このようにはっきりと記載されているのですが、疾患領域や持っているデータによって考え方は様々なようです. 

この振り返る期間(look-back period)、washout period、disease-free periodなどとも呼ばれますがここではlook-back periodに統一してお話しましょう.これをどのように設定するのがよいのでしょうか?

1.文献① 糖尿病、脂質異常症、うつ病 

Revisiting the washout period in the incident user study design: why 6–12 months may not be sufficient. J Comp Eff Res. 2015 January ; 4(1): 27–35.

アメリカのTruven Health Analytics MarketScan Commercial Claims and Encounters data を2007 年から2010の分までが使用されました.

36か月間以上その保険にとどまっていた人を組み入れ、look-back period=36か月として使用開始した人を真のincident userと定義しています.

この文献によれば、6~12か月のlook-back期間では新規使用患者を過大に推定してしまう、ということです.6か月時点では50%前後が、12か月時点では30%前後が本当は過去にも処方されたことがあるんだけどincident userとご分類されてしまった、というのです.

しかし逆に、この期間を延ばしていくほど症例のロスも生じてしまいます.6か月のlook-back periodで75%が、12か月では85%が除外されます.

除外症例と誤分類を天秤にかけて12か月以上に設定したほうが良いのではないか、という提案で結論されていました.(その判断根拠は明示されていませんでしたが…)

2.文献② 眼科主要疾患の発生率について

続いての研究は、米国の保険データベースを用いて眼科主要疾患の発生率(incidence)とlook-back periodの関係を検討した論文です.

Stein JD, et al. Identification of Persons with Incident Ocular Diseases Using Health Care Claims Databases. Am J Ophthalmol. 2013 December ; 156(6):

緑内障、加齢黄斑変性、非増殖性糖尿病網膜症、白内障の発生率をアウトカムとして、114か月(9年半)のlook-back periodを用いた場合の発生率をGold standardとします.

Look-back periodを6か月から114か月まで6か月刻みで延ばしていくにつれて発生率がどの程度gold standardに近付いていくのかを調べています.

look-back periodを12か月と設定すると、緑内障で136%、加齢黄斑変性で209%、非増殖性糖尿病網膜症で300%、白内障で260%ものincidenceの過大推定が起きていたのです.

この論文では、眼科の慢性疾患のincidenceを推定するためには、3-5年間のlook-back periodを取る必要があると報告しています.

これまでの常識から考えるとかなり長いですね.おまけにそうなってくると症例のロスも気になるところです.保険の切り替えが起こりやすい高齢期にこのような長いlook-back periodを置くことが日本のデータベース研究においては結構難しいのではないか、という気がします.

マイナンバーなどで保険間のデータトレースが容易になってくれれば解消されるのかもしれませんが、なかなか難しいですね.

3.文献③ 糖尿病、直腸結腸癌、心不全の場合

最後にご紹介する論文は、ドイツの地域健康保険のデータを使った検討です.疾患定義は薬剤のATCコード分類とICD-10コードによって定義づけられています.

Abbas S, et al. Estimation of Disease Incidence in Claims Data Dependent on the Length of Follow-Up: A Methodological Approach. Health Serv Res. 2012; 47(2): 746-755.

過去8年間以内に疾患に関連したコードが出現しないことをもってスタンダードとしています.

結果としては、糖尿病、結腸直腸癌、心不全の発生率を1年のlook-back periodで求めると、それぞれ40%、23%、43%の発症率の過大推定が生じると報告されていました.

まとめ

ということで、一筋縄ではいかないlook-back period.さらに保険の入れ替わりが激しい年代であったり、疾患の活動性周期の長さに応じて変化させていく必要があるのかもしれません.

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